蜉蝣の心境

蜉蝣の心の奥底

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戦艦ビスマルク 続編

※文字ちょっと引用しました
ビスマルクの最後
それでもビスマルクはまだ浮いている・・・・・燃える廃墟になりながら。一方リンデマン艦長はビスマルクの全砲塔が沈黙した時点で苦渋の決断をし、艦内にむけてある命令を発していた。自沈命令だ。この頃その作業は実行されだした。ビスマルク艦内では、乗員達がこの命令を受けて作動中のあらゆるポンプを注水に切り換え、艦内にに海水を送り始めた。
しかしここで驚くべき事が判明した!ビスマルクの三機の主機はまだ無事に生きていたのだ!
あれだけの砲弾の洗礼を浴び続けたのにもかかわらず・・・ビスマルクは未だ自力で航行が可能だったのだ。
そこで作業員は、浸水の激しかった左舷を除く機関区画でキングストン弁を開放し、冷却機用吸水口に自沈用爆薬をしかけた
b13.jpg

燃える廃墟ビスマルク
退艦命令が発令されたビスマルクからは生存者が海に身を投げる様子が散見されるようになります。
ビスマルクはまだ洋上に浮かんでいました・・・しかしこの頃、英戦艦の燃料が尽きかけてきたため、トーヴェイ長官はついに砲戦を諦め、各艦に対して、魚雷攻撃をもってビスマルクに止めをさすよう命令します。
この頃すでにビスマルクは大きく左に傾斜しており、艦首を持ち上げつつ、その左への傾斜速度を速めて行った。
その中で、リンデマン艦長(ビスマルク艦長)は傾斜が強まる艦首先端へ歩いて行き、艦首旗竿の先端に辿り着くやいなや、白い軍帽のひさしに手をさっと上げ、海中の生存者に向けて決別の敬礼を送ったのである。完全に横腹を見せたビスマルクは艦首先端で敬礼する艦長と共に、静かに横倒しになって沈んでいった・・・時に1941年5月27日、10時39分のことだった。
戦闘が開始されてから2時間が経過していた。こうしてドイツ最大最強の戦艦の短い生涯は幕を閉じた・・・・・




リンデマン艦長って日本人と似てますよね。やっぱり世界中の国と戦うぐらいですからこれぐらい強気にしないとだめなんでしょうかね。
いや~俺は戦争が好きって言うわけじゃなくて兵器とか戦略が好きなんです。戦争話とか。
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  1. 2005/10/14(金) 22:36:48|
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戦艦ビスマルク

ビスマルク級戦艦はドイツが過酷なベルサイユ条約を破棄した1934年に設計が始められ、1939年2月14日に進水、1940年8月に就役した、当時世界最大の戦艦だった。その排水量は50900トン。ビスマルクは連合軍の新造戦艦群に対しても圧倒的な強さを誇ったドイツ海軍の栄光であった。
20051014111925.jpg

ビスマルクの戦艦としての最大の特徴は、その堅牢な防御力の高さだ。推進方式は、ドイツ戦艦の伝統である3軸推進で、主機はブローム&フォス社製のタービンを搭載し、公試時に150,170ph、30.1ノットを記録しており、高速戦艦の名にふさわしい航行性能を見せている。ちなみに15万馬力ってのは日本の戦艦大和と同じくらいです。ドイツの世界一の光学技術を投入して作った光学式射撃管制装置は正確無比の命中率を誇った。
ビスマルクは通商船を破壊するため大西洋に出ますが、イギリスのスパイ網でチャーチル首相に知らされ、巡洋戦艦のフッドと戦艦プリンスオブウェールズは6隻の駆逐艦を連れ、21日にスカパフローを出航、空母ヴィクトリアスも巡洋戦艦レパルスと同行すべく、付近にいたソードフィッシュ雷撃機1隊とフルマー戦闘機2隊をいそいで積載します。
このとき残ったキングジョージ五世は1日遅れて追撃に出発します。
事の重大さが伺えます。
ある事件がきっかけでイギリスは怒ります。
巡洋戦艦フッドとの遭遇です。1920年の竣工時には世界最大の軍艦で、英国海軍の象徴とまで言われたイギリスの誇りだった軍艦だ。排水量は48400トン。ビスマルクと同級の38cm砲搭載。
すぐさま両陣営の戦闘隊形はウェールズはフッドの後に従い、オイゲンはビスマルクの陰に隠れるという、両者とも巨艦を全面に出すという形になり、ビスマルクとプリンツオイゲンの砲火はフッドに集中された。
そして砲撃開始後、1分もしないうちにドイツ重巡プリンツ・オイゲンの20cm砲弾がフッドのメインマストに命中!
それはフッドの副砲塔付近に火災を生じさせ、すぐ艦全体広がる。そしてこの後にビスマルクの放った第五斉射目によって信じられない悲劇が・・・・・・・・
次の瞬間、ビスマルクの砲弾が高落下角でフッドに命中。天蓋を貫き
そしてフッドの弾薬庫誘爆。同時に大爆発を起こし真っ二つに折れ、
数百メートルもの一大火柱を上げて轟沈したのだ。英国海軍の象徴とまで言われた・・・・・20年間世界最大の軍艦として英国民に愛された・・・・あのマイティ・フッドが今や最強戦艦ビスマルクによって天に沖するばかりの円錐状の黒煙を上げて、海の藻屑と成り果てたのだ。

もう長いからここらへんで閉めようかな笑


ビスマルクの最後の戦い
ビスマルクは最初に被弾した魚雷によってスピードが大幅に減速しながらも、ここにきて満身創痍のビスマルクの状態は、舵機の故障によって操艦能力が喪失し、推進軸の回転による限定的な操舵を得るための7ノットの速度制限、さらに浸水によって艦が傾斜しているというものでした。しかし運命とは残酷なものです。そんなビスマルクの前には、ついに今まで追い続けてきたイギリス主力艦隊が到着してしまいした。
戦艦ビスマルク(ドイツ)VS戦艦ロドネー・戦艦キングジョージ?世・重巡洋艦ドーセットシャー・重巡洋艦ノーフォーク
この最後の戦いでのヴィクトリアス艦攻隊から最後の戦闘まで推定魚雷命中数は8~13本
戦艦ロドネーの射撃弾数は主砲380発、副砲719発
戦艦キングジョージ五世の射撃弾数は主砲339発、副砲660発
重巡洋艦ノーフォークとドーセットシャーの射撃弾数は合計主砲781発!
命中弾の合計は400から600以上とも言われる
このうちビスマルクの舷側装甲を貫通できる能力があったのはロドネーの砲弾のみだった。
しかしジェームズ・キャメロン監督の「海底の戦艦ビスマルク」によれば、英艦艇が放った2876発の砲弾のうち、ビスマルクの甲板まで含めた装甲を貫通したのはたったの3発であったという。
さらに監督によるビスマルクの船体調査によって、最後にドーセットシャーの放った魚雷の衝撃はすべて魚雷防御隔壁で防がれ、艦内にダメージを与えていなかったことが判明。無傷ってことですね。
ビスマルクは自沈したのだ。敵に艦の情報が漏れることを恐れ。
ビスマルクの同型艦のティルピッツも、生涯に受けた英空軍による空襲の回数は14回作戦機数はのべ626
あー。長かった笑
  1. 2005/10/14(金) 12:08:50|
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